真面目で聡明な風紀委員長、赤嶺瑳月。彼女はかつて、校内で恋人と交わす密やかな関係にストレスを発散し、充足していた。しかし、その関係が盗撮という形で悪意に晒された瞬間から、彼女の平穏は音を立てて崩れ去った。弱みを握られ、脅され、身体を許さざるを得なくなった彼女。本来ならばここで終わるはずの悲劇は、彼女を愛するがゆえに無力な「僕」の存在によって、より深い奈落へと続く階段となった。
「屈服2.5」が描くのは、まさにその階段を転げ落ちていく、抗いようのない「完堕ち」のプロセスである。前作で火種が灯され、続編で炎上した欲望は、この2.5においてついに収拾のつかない業火と化す。ある読者は、ヒロインが誘惑され、諦め、最後には快楽そのものに身を委ねていく様を「完堕ちする諦めシーンがとても印象的で素晴らしかった」と評している。それはもはや、単なる脅迫による服従ではない。繰り返される執拗なプレイの果てに、感度が研ぎ澄まされ、「イキたくて堪らない身体」へと変質してしまった彼女の、魂までもが屈する瞬間なのだ。
本作の官能的魅力は、この「堕ちていく過程」の描写の巧みさにこそある。チャラ男の先輩に弄ばれる委員長の巨乳が激しく揺れ、身をよじらせるたびに、彼女の内面で確実に何かが壊れていく。ポルチオを直撃するようなガン突きは、単に肉体の快楽を与えるだけでなく、彼女の誇りや自我という鎧を、一撃ごとに剥ぎ取っていく凶器となる。そして何より胸を締め付けるのは、その様子をハメ撮りで眺め、自らも美少女ギャルたちの罠にはまり、射精を強要され続ける「僕」の視点である。愛する者が穢されていくのを見ながら、それでも性的興奮を覚えてしまうという、NTRジャンルならではの残酷で甘美な背徳感が、読む者の理性を揺さぶる。
「彼女はオナホのように好き勝手使われる毎日」――この一言が全てを物語っている。赤嶺瑳月という一人の女性が、欲望の対象として「物」に還元されていく終わりのない惨劇。そのすべてが、37ページという圧倒的な密度の中で、けして色褪せることのないモノクロのコントラストで刻み込まれている。屈服シリーズの、そしてある意味で彼女の物語の、一つの決定的な到達点。それがこの「屈服2.5」である。